視覚における相対性理論

人は誰もが面食いというやつだと思います。

顔に限らず、スタイルがいいだとか胸が大きいだとか、服装が良いとか髪型が良いとか。「良い」という言い方は語弊があるかもしれませんが、いわゆる好みってのは誰にでもあるかと思います。

そんな人それぞれの好みですが、狭い世界の中にいると、好みの幅っていうのは広がるんじゃないかと私は思っています。

5年ほど前、私はテレビを手放しました。手放したというか、映りが悪くなったので叩いたら壊れたのですが、それ以来テレビを見なくなりました。
それから半年くらい経った頃のこと。実家に帰ってテレビを見た際に、画面に映った広末涼子を見て、私の頭には「まるで女神だな」という思いがよぎるほど、美しく感じました。誇張ナシで、当時は本当にそう思ったのです。

今の時代、情報はそこかしこに溢れています。仕事やプライベートで話す人よりも、テレビで見る芸能人のほうが数が多いくらいに。

だが、ちょっと待ってほしい。カッコいい人やかわいい人って、本当にそんなにたくさんいるのかな。

芸能人になる人たちってのは(特に容姿の良さを売りにする人たちなんてのは)、東洋人の中でも選りすぐりの容姿を持ってる人たちです。

そういった人たちに見慣れた現代の社会は、異性の好みの幅が著しく狭まっているのではないか?
そんな風に思ったりするわけですよ。

自分の周りを見渡してごらん。普通の人たちばっかりだ。昔の村社会なら、その中に将来の結婚相手がいたんだよ。

そう、テレビを見なくなって狭い世界を持った私の目には、広末涼子は相対的に女神クラスまで昇格してしまったのでした。

ちなみに学生時代に相対性理論も勉強しましたが、こういう理論では全くありません。悪しからず。

なんでこんなこと書いたかっていうと、今日は同僚と飲み会だったんです。「女の子たちみんなかわいいなぁ誰とでも付き合えるマジで」とか思っていたら、こんなことを書いていたんです。

うん、今いい気分なんだ。すまない。
ではおやすみなさい。
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